インバウンド 多層化する都市 「京都」
政府や自治体が進める観光促進政策は、目標とする数値を大幅に上回り、近年では「オーバーツーリズム」と呼ばれる観光地が抱える特有の問題として取り上げられています。
「オーバーツーリズム」とは、2016年にアメリカのメディアによって造語された新しい言葉であり、その定義は明確に定められたものではありませんが、ある観光地に許容数を超える観光客が押し寄せ、交通機関や施設の混雑や、衛生環境や自然環境の悪化、住環境や地域コミュニティーの崩壊など、華やかな観光地の影の部分を示す言葉です。
京都市のインバウンド状況
画像出典:パークハイアット京都
京都観光総合調査結果によると、R6年の京都市宿泊客数1630万人に対し、驚くことに外国人宿泊客が821万人と半数以上を占めました。しかも前年比(R5年)+53.2%と、急激な増加です。まさに京都市は完全な「オーバーツーリズム」状態と言えます。 その状態に対応すべく行政の施策として、宿泊施設を積極的に誘致しました。
その結果、平成 28 年の総客室数33,887室は、令和6年で60,060室に増え、ほぼ2倍となり、特に洛中(京都市中心部)に集中的に増え続けていましたが、最近では京都市郊外の観光エリア周辺にも宿泊施設が増加しています。
ここで、特筆すべきは、その宿泊施設の形態です。 京都市が推し進める「上質宿泊施設」の積極的誘致によって、外資の高級ホテル、ラグジュアリー施設が続々と誕生しました。当然ながら宿泊料も高額であり、ツーリスト向けの海外相場です。 また、その立地は、世界遺産に至近であったり、京都風情を残すエリアだったりと、開発時には、 市民や有識者から幾度とない反対運動を受け常に地域との摩擦の中で開発を進めていった様です。
高級ホテルが街を変える
開業した高級ホテルの周辺には、小洒落たレストランやカフェが出没し、古き良き京都風情とは異なる、最先端の食とデザインが発信され始めました。2024年には、ミシュランの星を獲得した飲食店は京都市内だけで100軒にも上り、この軒数は、世界の各都市の順位で見ると、1位 東京、2位パリ、3位京都と、本家パリに迫る順位です。
この様にツーリストを魅了する街は娯楽地化し、海外からも投資先として注目されるエリアとなっているのが現状で、宿泊施設や商業施設の急激な増加は、京都市内の不動産価格、土地価格の上昇を招き、一時期のバブルの様相です。
土地・不動産の高騰
そこで、改めて2025年の公示地価をみると、なんと京都市内全域にて地価が上昇している事が確認できます。
京都市内の地価上昇1位の京都市下京区では、前年比12.58%で、10年前比では195.67%と、ほぼ2倍なっています。京都府全体でも2012年(平均58.32万円/坪)から2025年(平均109.26万円/坪)へと一度も下ることはなく上昇し続けています。
実際のところ、京都の中心部や観光エリアの地価上昇は7倍にはなっていると思われます。また、海外からの消費・投資需要が高まる以上、土地の高騰のみならず、全体の物価上昇は避けることも出来ず、「観光地価格」と呼ばれる二元的な価格設定も一般的になってきました。
インバウンド需要増加の要因は?
そもそも、インバウンド需要の増加は、政府や自治体の観光政策や日本が観光地が魅力的である事が挙げられるが、やはり何といっても、実質実効為替レート(REER)が、円安であり海外からは「割安」とみられていることが大きな要因として挙げられます。
そのような割安感を背景に、富裕層以外の中間層の訪日外国人も増加していると考えられますが、更にその追い風となったのが、2024年に岩屋毅外務大臣の中国人向けの訪日ビザ取得要件の緩和の表明が一因として考えられます。
それまでの国別の訪日外国人数は、コロナの渡航規制期間を省き、隣国の韓国(ビザ免除国)がほぼ一位であったが、2025年の春より中国人ビザ要件緩和によって、2025年の7月の時点で韓国を追い抜き、中国人渡航数が1位となっている。(JNTO日本政府環境局データ参照)
ビザ免除国(韓国)を追い抜いて、ビザを必要とする国(中国)の渡航者数が1位となる事について違和感を持つところです。しかしながら、そこは政治的なこともあり深堀を避けますが特異な状況にあると感じることころです。
外国資本の京都不動産投資の現状
実質実効為替レート(REER)の円安や、京都の世界有数ともいえる観光資源は、外国資本にとって魅力的である事に間違いありません。新たに増加している京都市内の新規の宿泊施設のオーナーには、外国人名が頻繁に見受けられます。祇園辺りを散策すると京町屋のリノベーション現場をよく目にしますが、施工看板の施主名には中国系の名前をよく見るようになりました。
この様に外国資本が京都に流入する事について反対する理由もありませんが、宿泊施設や町屋リノベーションなど、行政が京都の文化や景観を損なわないように管理できているかが問題だと思います。
最近、ニュースで取り上げられていた北海道の羊蹄山の山麓の無許可開発と違法建築の例がありますが、京都においても外国資本の経営の飲食店が違法増築され営業していたこともあり、この様な事例は今後も増え続けるのでしょう。
表の京都。裏の京都。
京都市は沢山の渡航者を受け入れ、そして巨額の外国マネーが流入しています。行政の景観条例をはじめとする様々な規制により京都の景観は守られ、表層はそれなりに京都を維持していますが、内面の一部は既に、資本の論理に蝕まれているのかもしれません。
街とは誰のものなのか?その論点で考えると、住民の環境は無視することできない。しかしながら市内の人口の動向をみると、市外への流出が目立ち、特に25歳~39歳の子育て世代は、京都市周辺の宇治市、城陽市、京田辺市、滋賀県の大津市など、手の届くマイホームを求めて転出し、京都市内の子育て世代の人口数が減少しています。
若い世代の流出は、サスティナブルコミュニティーの崩壊を意味します。その様な意味においても京都市の内面は危機的で資本の論理に蝕まれているのかもしれません。
とは言え、京都市は、学生の街でもあり、表面上は活気に満ち溢れています。何においても、京都は裏と表のある町なのですね。