ずうずうしい人たち

アメリカの小売店での返品習慣は皆さまもご存じかと思います。ほとんどの小売店はレシートと購入した品物を持っていけばスムーズに返金に応じてくれます。日本人的にはしっかりと返品の理由を述べなくてはなどと身構えてしまいますが、拍子抜けするくらいあっさりと返金に応じてくれるお店がほとんどです。食に関しても一口食べて気に入らなければ返金してもらうことも珍しくありません。若者に人気のCHIPOTLEという健康意識の高いフードチェーンを訪れた時のことです。8割位食べ終わってから味が何か違うなどとブーブー言って返金してもらっている強者がおりました。その方は、自分のお気に入りの味にカスタマイズしたが、どんなに食べてもお気に入りの味にならないとクレームしておりました。8割も食べる前に気づくだろうと思うのは、私だけではないでしょう。因みにホームセンターの返品コーナーは写真のとおり返金を待つ人たちの大行列です。

返金以上にずうずうしい輩もおります。この写真は現場近くのチキン店ですが、この店から退店する際にある人に「お腹がすいたから何かたべさせてくれないか」と聞かれました。通常はスルーするのですが、その日は一緒にお店に入って何か頼んでいいよと言いました。この写真にもある8ドルくらいのセットでも注文するのかなと思いきや、チキン20本セットという一番高い商品を注文してきました。こんな高いものは駄目だよと当然私は言いましたが、その人が次に頼んだのは、2番目に高い15本セットでした。それも当然断って適当なセットを私が勝手に注文して私はその場を離れました。店を離れるまで、サイドディッシュにはマカロニチーズが欲しいだのずっと文句を言っておりました。同じくらいずうずうしく感じたのが、近所のスーパーマーケットのジュウェルオスコでの出来事です。私がセルフレジで精算していたところ、いつもの「お腹がすいたから何かたべさせてくれないか」という声が聞こえました。自分が購入した食品を何かあげても良いかなと思ったのですが、彼の手にはアサイーヨーグルト、マスカットに大麦クラッカーと健康食品が握られておりました。店員にお金を払うように言われて、自分で払うわけでもなく、払えないからその場を離れるわけでもなく、誰か払ってくれる人を探したように思われます。少しだけ食べ物を譲ってくれないかと言われれば理解しますが、こんな意識高い系丸出しの食べ物を見せられては、助けようという心もゼロになります。どう見ても私の食べている物よりも高価なものでした。
返品文化は確かに便利ですし、サービスとしては強力です。一方で、そうした仕組みの中では、そもそも返品の手厚さに頼らなくても売れる一流品は、別の売り方を選ぶこともあります。店側が客に譲り、客がさらに一歩前に出る、その押し引きの積み重ねで市場ができているのかもしれません。食べ物に困っているように見える人たちについても、単純な話ではないのでしょう。宗教的に施しを受ける機会が多いからでしょうか、何でもいいわけではなくなっているように思えます。究極的には施し品にもカスタマイズを要求するのでしょうか。落ちのある話ではありませんが、こうしたずうずうしい人たちに出会うたび、相手の図太さにあきれる半分、自分の中にも似たものがないかを少し考えさせられます。返品カウンターの長い列を見ても、スーパーで健康志向の施しを求める人を見ても、結局いちばん試されているのは、品物ではなく人の感覚なのだと思います。