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京都コラム 2026/06/08

京都タワーを観て考える。都市の中で「塔」は人を引き寄せるシンボルなのか。

夜の京都タワーは、カラフルにライトアップされ UFO のごとく近未来的であり、その様なデザインでありながら、なぜか京都タワーを見ると京都にいることを実感します。

夜の京都タワー

京都タワーについて

この特異なタワーは 1964 年(昭和 39 年)、東海道新幹線の開通や東京オリンピックの開催という歴史的な年に開業しました。そのデザインと高さには、当時の京都市の想いが込められています。本来のコンセプトは「海のない京都市街を照らす灯台」です。京町家の連なる瓦屋根を「波」に見立て、その街並みを静かに照らし、見守る存在としてデザインされました。タワーの高さが 131m に設定されたのは、建設当時の京都市の人口が「131 万人」であったことにちなんでいます。市民の想いと都市のスケールを、そのまま塔の高さに反映させたユニークな成り立ちを持っています。

塔のシンボリズムと、人の「帰属意識」

古今東西、人類は驚くほど多様な「塔」を建て続けてきました。古代のバビロニアのジッグラト、中世ヨーロッパの教会の尖塔、仏教の五重塔、そして現代の超高層タワーにいたるまで、時代や宗教、技術の差を超えて「垂直に伸びる建築物」は常に人々を魅了しています。

なぜ人間はこれほどまでに塔に引き付けられるのか

塔が持つ「精神的な象徴性(シンボリズム)」と、それによって人間に生じる「帰属性(集団へのアイデンティティや安心感)」の 2 つの視点から、その理由を紐解いてみます。

1. 塔のシンボリズム:「超越」と「世界の中心」

建築物としての「塔」の最大の明確な特徴は、水平な広がりではなく「垂直な高さ」にあります。この垂直性には、人間の根源的な心理に基づく強力なシンボリズムが宿っているようです。

① 天への接近と超越の欲求

多くの文化において、「天」は神聖な領域や絶対的な真理、理想の象徴であり、「地」は世俗的で不完全な人間の領域とされてきました。塔を高く建てるという行為は、物質的な限界を突破し、「神や天なる存在に近づきたい」という超越への欲求を表しているように感じます。旧約聖書の「バベルの塔」の物語は、まさにこの人間の根源衝動と神への挑戦を象徴的に描いたものではないでしょうか。

ブリューゲルの描くバベルの塔を見てもわかるように、人間は「高みを目指して構築する」という行為そのものに、自らの技術や存在を世界に証明しようとする強烈な意志(あるいはエゴ)を投影しています。

ブリューゲル「バベルの塔」

② アクシス・ムンディ(世界軸)としての塔

宗教学の権威であるミルチャ・エリアーデは、世界各地の神話や宗教建築において、天と地、そして地下(瞑府)を結ぶ中央の軸を「アクシス・ムンディ(世界軸)」と呼びました。

古代の人々にとって、世界軸は宇宙の中心であり、そこを通じて初めて神聖なエネルギーが地上に流れ込むと考えられていました。

  • 宗教的な塔(ミナレットや仏塔): 祈りの場であると同時に、カオス(混沌)とした世界の中に「中心」という秩序をもたらす聖なる軸。
  • 現代のタワー(東京タワー、エッフェル塔): 宗教的な意味合いは薄れたものの、都市の「中心点」として機能し、人々が都市のスケールを測るための基準(軸)となっています。

2. 塔がもたらす「帰属性」:安心感とアイデンティティ

塔は、それを見る人間に対して「帰属性(自分が特定の場所や集団に属しているという感覚)」を強く抱かせる力を持っています。この帰属性は、以下の 2 つの心理的プロセスによって生まれるのだと思います。

① 視覚的な道標(ランドマーク)が生む「地理的帰属性」

人間は、自分が今どこにいるのかが分からなくなると強い不安を覚えます。塔はその圧倒的な高さゆえに、街のどこからでも視認できる「ランドマーク(目印)」。

「あの塔が見えるから、自分は迷っていない」

「あの塔のふもとに、自分の家(帰る場所)がある」

このように、塔は人々に空間的な現在地を教え、「自分はこの土地にしっかりと根を下ろしている」という地理的な安心感と帰属意識を無意識のうちに植え付けています。

② 集団の象徴としての「社会的帰属性」。塔はしばしば、その地域に暮らすコミュニティ全体のアイデンティティ(自己同一性)の象徴になります。例として大阪の「通天閣」は郷土愛を示すシンボルとして認知されています。

大阪・通天閣と新世界の街並み

歴史的に見ても、戦争や災害で破壊された都市が復興する際、まず真っ先に「塔(あるいはそれに類する象徴的な高層建築)」の再建が叫ばれることが多々ある様ですが(前述の 2 代目通天閣の再建など)。これは、人々がバラバラになったコミュニティを再び繋ぎ止めるための「心のアンカー(錨)」として、塔を求めている証拠と言えます。

人にとって塔とは何か

京都タワーを観るたびに、古都にいることを実感し、美しい街にいる事の幸福感とともに、そこしれない望郷の念を抱くのは、「塔」が持つ特殊な精神性が影響していたのですね。